無料ホームページ ブログ(blog)
mi1011.net山野井泰史の『垂直の記憶』を読んで
mi1011.net
または私は如何にして心配するのを止めて人生を愛するようになったか
201704<<12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>201706
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
山野井泰史の『垂直の記憶』を読んで
『九月二十四日、六七00メートルのオーバーハングした岩の基部に設置したテントの中で、僕は完全に怯えていた。小さな一人用のテントは、上部からのチリ雪崩で三割がた埋められている。分厚い下着にフリース、さらに高所用のダウンスーツを着込んでいるのに、体は冷え切り、ガタガタと震えていた。どうあがいても頂上に行くことはできない。難しすぎる。体調も今までのヒマラヤ・クライミングと違って良い状態とは言えず、脈拍は高いし、常に寒さを感じる。これから僕を待っているのは一000メートル以上の青光りした氷壁にオーバーハングした五00メートルの弱点の少ない岩壁。それも酸素が薄くなると七000メートルの高度から現れるのだ。悲しみがこみあげる。ため息ともとれる冷たい呼吸。思わず涙が出そうになる。空には青白い月が冷たく光り、温もりをまったく感じさせてくれない。手にするすべてが冷たく、小さな雪崩の音しか聞こえない世界。すべてが絶望的だ。それでも多くの人に無様な敗退を見られたくないと、どこかで思っていた』
P.154より抜粋

彼のことを天才だとは思わなかった。天才とは人の種類のことを言うだろう。山野井は違う。絶対に違う。人であって、もはや人を超えた存在。超人という古臭い言葉でも表現しきれない。俺の目の前にある壁。よく見れば、それは山の斜面。垂直に切り立った、銀とねずみ色、大理石がまじったような色。段々と縦の縞がその硬度を謳っているかのように。静かに見上げていく。はるか上の方の先で誰かが座って嬉しそうに手を振っている。俺は手を振りかえすことも愛想笑いもできない。あまりにも、その彼は遠く、その壁は凍り付いている。にもかかわらず、俺は上の文章が好きだ。きっと、そんな彼の怯えを知りたかったのだろう。そんな彼ですら。という意味で。

『午前一時、標高六一00メートル付近を登高中のことだ。上部で「ドーン」とセラックの崩壊らしき音。闇の中から音が急に強さを増してきた。逃げるのは不可能と感じた僕は、妙子に「構えろ!構えるんだ!」。それだけを叫び、自分もアイスパイルを雪面に叩き込む。その一、ニ秒後、すさまじい力をもった雪と氷塊が体に当たった瞬間、僕は飛んだ。グチャグチャに揉まれながら巨大なセラックを二度飛び越え、空中も飛んだが衝撃はなく、ただ右足首が捻れるのを感じた。上下左右もわからず、まるで激流に飲み込まれたようで、雪崩の力に抵抗することはまったく不可能だった。目に見えているものといえば、黒と白のモノトーンの映像のみ。自然の脅威にさらされていたが、なぜか冷静に、雪崩で死んでいく自分がわかった。妙子は僕を止められないだろう。下にあるクレバス帯に二人とも叩き込まれるだろう、と。一瞬、何もかもが停止したとき、すでに僕は死んでいると思った。体が止まったと気がついたときは、コンクリートのような雪と氷が全身を覆い、腕、足、頭、いずれも動かすことの出来ない闇だった。生き埋めになった自分の体がどのような姿勢でどのくらい雪面の下にあるのか。一メートル下か、それとも二メートル下か、今の自分に何ができるかー。どんなに体に力を入れても動かなかった。顔の前にあるわずかに動く中指で、口の前にエアポケットを作るが、喉の奥に氷が詰まっていて、すでに呼吸困難に陥っていた。「一分・・・・、二分・・・・」
P.167より抜粋

彼の文章は難しくない。その口調は静かだ。だから、彼がこの文章を書く瞬間にあたって思い描いているものと、読み手がその文章を読んで思い描く風景は一致していると錯覚してしまう。やがて、進むうちに本能が気づく。彼がみて感じているそれは、凡人の想像の枠を遥か彼方に超えたそれだと。本を読んで愕然とさせられることは、そうはない。そう、人は生き方によって、ここまでたどりついてしまう。本当に好きなものを見つけた人間。俺は、ただただ、ひれ伏すしかない。

「かりに僕が山で、どんな悲惨な死に方をしても、決して悲しんでほしくないし、また非難してもらいたくもない。登山家は、山で死んではいけないような風潮があるが、山で死んでもよい人間もいる。そのうちの一人が、多分、僕だと思う。これは僕に許された最高の贅沢かもしれない」
P.179より抜粋

51ToaDBlZAL__SX230_.jpg
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
copyright © 2004-2005 Powered By FC2ブログ allrights reserved
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。