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または私は如何にして心配するのを止めて人生を愛するようになったか
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エルピーだめモリー
1998年、フランスワールドカップの年だ。

半導体業界にいた人間なら、誰もが覚えていると思う。結構ドスンときた半導体不況があった頃だ。それまでは、割と、ソニーは提案する前から提案してくる人、NECは提案すると勝手に動いてくれる人、東芝は提案しても上司の顔色しかみてない人な感じ、と、それぞれが割と色を出しながら会社があったけど、気が付くと、みんながみんな東芝みたいな感じになっていった、そんな過渡期があった。あれからだろうか、率先して何かをやろうとか、変えていこうという風は吹かなくなって、とにかく守りを固めまくる、そんな風情になっていった気がする。もちろん、シャープのように、ガンガン投資しまくって、勝負に出ている会社もあるにはあった。そのしわ寄せがどこに行くのかは、知らないが。エルピーダメモリー。数少ない、ガンガン勝負していく会社だった気がする。そのエルピーダが会社更生法の適用を申請する方針を固めたという。DRAMシェア3位の破綻だ。負債額4800億。製造業最大級。そんなインパクトもそうだけど、救世主といわれた坂本幸雄をもってしても、時代の波に押しつぶされてしまったことの悲哀を強く感じる。

秀吉ばりの列伝をいまさら紹介してもしょうがないけど、やっぱり書いておこう。1970年に日体大体育学部を卒業した坂本幸雄は、日本TIへ入社。半導体の知識もなく、倉庫係として資材の出入庫を始めた。20年の勤務後、坂本は取締役を務めるまでになる。その陰には、在庫を把握する能力や、持ち前の体力、判断の決定に至るまでの迅速さといった坂本幸雄の特長があった。TIで副社長までを歴任後、神戸製鋼所で半導体本部長に就任。2000年にUMCジャパン社長に就任。そんな男だ。

そんな男を一人で戦わすなよ、日本政府よ。中途半端なサポートでは、
この荒波には勝てない。アメ公のご機嫌を取るのも結構だが、
いい加減、国のことを真剣に考えて、もっとサポートしろよといいたい。

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