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または私は如何にして心配するのを止めて人生を愛するようになったか
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スマホを「完全」に理解する
週刊ダイヤモンド増刊号を買った。表紙の「スマホ完全理解」に釣られてしまった。その言葉の横で、チンパンジーの子供がスマホをいじっている。その姿は俺。俺は触ってもいないけど。もはや、俺の携帯は「誰から電話がかかってきたのかも分からない」状態にカウントダウン。なんとかしないといけない。どぎゃんかせないかん。そんなタイミング。そこにスマホ旋風の真っただ中という訳だ。スマホとはなんぞやということで、ちょっと読んでみる。

読んでみた。読めば読むほど思った。ああ、これはそんなにいらんわ。理屈ではあったほうがいい。だからきっといつか買うと思う。一方、直感はこんなものはいらんといってる。さっきからずっと横でいってる。今までいろいろとこうしたデバイスは買ってきた。デバイスという書き方はよろしくない。単なる道具だ。それこそ、絵に描いた馬鹿のように、発売前に列に並んでまで買うぐらいの勢いで、いろいろ買って使ってきた。いろいろといっても、単にいろんな時代のパソコンだけど。だから思う。こんなもんは終わりがない。5年も経てば、新たな道具が出ている。センセーショナルな言葉で、ライフスタイルを革新させて、さあ、諸君、21世紀だと叫ぶ。たしかなことはある。どんどん処理スピードは上がっている。モバイルという概念を変えていくものかもしれない。くるくる巻いてポケットに入れる有機ELディスプレイもそろそろ出てきてるだろう。埋め込むこともするだろう。そんなものを追いかけて追いかけて追いかけて、で、どうなんだろう?自分の人生は何かが劇的に変わるのだろうか。便利にはなるだろうし、情報も山のように出てくるだろう。ただ、もう、一人の人間が処理できる情報量は、それこそ5年前ぐらいに飽和状態にあるような気がする。なにより、追いかけている間も人生は続く。時間はなくなる。振り返ると、老いた体と、重くなった頭。使い慣れたメディアから、最新のデバイスの魅力を謳ったコマーシャルが流れる。それで?人生はおわってしまうのか。本当に大切なものは今しか使えないものじゃないのか?

5年前ぐらいから、デバイスに対して全く興味がなくなった。というより、今使っているデバイスで十分やん。115kbsのカードにLetNOTE。これでOK。これだけでOK。会社のもちものだけどOK。あとは、頭をいかに使うか、体をどのように使うか、その頭と体を使ってどんな経験を生み出していくのか。そうすることで自分はどんな人生を描きたいのか。その人生にどのような思考を載せていくのかということだという気がする。要するに、情報はもう分かった(否、劣化の一途)。存在を見極めろ。いい加減、頭のいい一部のひとたちに踊らされるなよと思う。そもそも、スマートフォンって、賢いっちゅーことでしょ。賢いからこそ逆説的にこんなデバイスに頼らずに感覚と頭脳を大事にしろよと思う。スマートフォンならぬ、スマートもんになろうぜ、みんな!

ってなことをスマホから書き込みたい。

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コメント
この記事へのコメント
その通り。
2011/10/23(日) 00:47:50 | URL | 元モンド #-[ 編集]
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