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または私は如何にして心配するのを止めて人生を愛するようになったか
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小林一三の言葉
兵庫県立美術館でもいくかといっておきながら、起きたのは午後2時。三宮にいってる暇ないので、近場だけどなかなかいくタイミングがなかった逸翁美術館にいった。中国陶器の特別展示だったけど、すべて逸翁のコレクション。他も合わせると5000点もあるというじゃないか、さすが逸翁!感銘を受けた我々は開場時間ギリギリに、小林一三記念館も訪問。すごいぞ、小林一三!というわけで今回は小林一三特集。ちなみに、逸翁とは、小林一三の雅号。

・下足番を命じられたら、日本一の下足番になってみろ。そうしたら、誰も君を下足番にしておかぬ。

・金がないから何もできないという人間は、金があっても何もできない人間である。

・新事業の準備が充分にととのったら即突進すべし。一、二、三ではいけない。二は迷いである、自信のなさである。

・価値なきものを発売することは、やがて信用を失墜する。

・世の中は地獄の上の花見かな

・出世の道は信用を得ることである。第一の条件は正直でなければならぬ。あの人には気を許すことができないと言われるようでは信用は得られぬ。第二の条件は礼儀を知っていることである。粗暴な言辞、荒っぽい動作では、これまた信用は得られない。第三の条件は物事を迅速、正確に処理する能力があるかどうかである。頼まれた仕事を催促されるようでは、やはり信用が得られない。

・成功の道は信用を得ることである。どんなに才能や手腕があっても、平凡なことを忠実に実行できないような若者は将来の見込みはない。

・今日の若い人々は学校を出て就職する時、名の通った大会社に入りたがるが大会社に入れば一生楽に暮らせるわけではない。どこでも激しい生存競争は あるし、偉そうに振舞えても単なる機構の一部の上で踊っているかかしに過ぎぬ。中小企業に進んで就職する方がよほど身のためになる。中小企業で仕事をするということは、その目的がサラリーマンになることではない。将来独立自営の主になるのが目的なので、仕事はその見習いが主になる。したがってサラリーマン希望で入ったら大いに当てが外れるだろう。むしろ月給はいらない、手に職を与えてもらう、
その道の専門家に生き方を教わる心構えで入らなければならない。

・収支の裏づけがない仕事は絶対に着手しない。仕事を始める時に細密な予算を立てる。その予算の数字にどこまで責任が持てるか、予算が実行可能かどうかを徹底的に確かめる。

・サラリーマンに限らず、社会生活において成功するには、その道でエキスパートになる事だ。ある一つの事について、どうしてもその人でなければならないという人間になることだ。

・百歩先の見えるものは、狂人あつかいにされる。五十歩先の見えるものは、多くは犠牲者となる。十歩先の見えるものが、成功者である。現在が見えぬのは、落伍者である。

・はじめて会社に勤めると、誰しもいちばん最初に交際するのは感じのよい人です。しかし、私はこれには反対で、まず感じの悪い人に勇敢にぶつかっていくことです。こういう人は打ち解けると、感じのいい人よりむしろ親切で、本当の味方になってくれるものです。

・自分の長所を磨くことを忘れて、無理からに常識にのみよる行動をとる若い平凡人が多すぎて困る。

・北の方に工場を持ってしかも自分の家を北に設けるとはアホなことだ。南に住め。そして大阪の街を見て通るようにしなければ時勢に遅れてしまう。

・すべての事業の対象は大衆であり、どんな仕事の末端も大衆につながっている。

・新しい仕事をするときは人に知ってもらうことが何よりたいせつなことだ。いくら先見あるアイデアでも、人に知ってもらわないとその価値を発揮することはできない。だが並のやり方だと広く人に知ってもらうことはできない。

・人に頼り、人に期待するのが一番いけない。

・乗る人がいなくて赤字になるなら、乗る客を作り出せばよい。それには沿線に人の集まる場所を作ればいいのだ。

・人生に勝利するには、何より勝つ心がけが必要である。人が八時間働くなら、十五時間働く気概、人がうまいものを食べているときには、自分はうまいものを食べないだけの度胸がなければいけない。

・自分の持つ長所を確信することである。確固たる思想を飽くまでも維持することである。訓練式タイプ型のみに憧れず、何人も持つ自分自身の長所を顧みて、それに磨きをかける人の多からんことを切に希望する。

・40、50は鼻たれ小僧、働きざかりは70代。

・世の中は変わる。非常な勢いで変わってゆくのであるから、どう変わるかを早く見通して、それに適応して行った人間が勝ちである。

・素人だからこそ、玄人にはわからない商機がわかる。便利な場所なら、のれんがなくともお客は集まるはずだ。

・ いいアイデアをもっているのなら、本当にそれがいいのなら、お金を出してくれそうな人に、うまくアピールできなくちゃいけない。

・サラリーマンとして成功したければ、まず、サラリーマン根性を捨てることだ。

・はだかにて生れてきたに何不足

・世の中へ出るのは、つまり自分の思うようにならないということを経験する為である。

・適材適所というが、そんなに適材が転がっているものではない。責任を持たせて、どしどし仕事をさせるのが一番だ。失敗をして叱られるうちに、若い人は何でもできるように育っていく。

・活かして人を使うとするならば、その人に責任を自覚させて重く用いるという事が、一番間違いない方法だ。そしてそれからそれからと、仕事をさせるようにしむけて、遊ばせておかないようにしておくに限る。

・周りがイエスというものは既に使い古されたものである。周りが反対するものこそ本当のアイデアである。

・一、吾々の享(う)くる幸福は、御乗客の賜なり。
一、職務に注意し、御乗客を大切にすべし。
一、其日になすべき仕事は、翌日に延ばすべからず。
一、不平と怠慢は健康を害す、職務を愉快に勉めよ。
一、会社の盛衰は吾々の雙(双)肩にあり、極力奮闘せよ。
(阪急電鉄 五戒)

【小林一三 こばやし・いちぞう】日本の実業家。阪急グループ創設者。1873年、山梨県巨摩郡生まれ。阪急電鉄・阪急百貨店・阪急阪神東宝グループの創業者。阪急ブレーブス、宝塚歌劇団の創始者としても知られる。慶應義塾大学卒後、三井銀行に入り、その後箕面有馬電軌(のち京阪神急行電鉄)の設立に参加。専務となるが、社長不在のため経営の実権を握る。私鉄経営に新生面を拓きユニークなパンフレット広告や月賦販売を行い乗客を増やすため宝塚歌劇団、阪急百貨店、宝塚温泉、動物園を創設。1918年に社長就任。また、東京電灯会社、東宝社長を歴任。第二次近衛内閣で、商工相。駅ビルから建売住宅、電車の中吊り広告まで実用化する。全国高校野球大会を企画した企業家。交通機関を作り、人とモノの流れを作り、さらにレジャー施設などを作り、街と企業を総合的に成長させた日本の都市デベロッパーの先駆け。
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