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mi1011.net恋は遠い日の花火ではない。花火のように咲く太陽だ。
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または私は如何にして心配するのを止めて人生を愛するようになったか
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恋は遠い日の花火ではない。花火のように咲く太陽だ。
離婚の理由は方向性の違いだった。
ならば思い悩む必要はない。悩むことがあるのはなぜか。
方向性を変えればよかったんじゃないのか。
その解が見つかった。ただひたすら好きや。そう思っていなかったからだ。

好き過ぎて途方に暮れる気持ちがあれば、いかなる状況であっても、何年経っても、なんとかしようとしただろう。心は折れなかっただろう。ほどほどの恋愛感情や無難さ・まとまった条件ではなく、ただひたすらに押しの一手で彼女と共に逝こうじゃないか地獄でも、と投げやれる気持ち。それがあれば別れるという選択肢を思い浮かべなかったんじゃないだろうか。そう、離婚の対象となった相手の姿こそが、投げやれない自分の投影された姿だ。条件のいい相手がいるのではない。相手は自分次第。その自分をつき動かす動力そのものは、理屈では測れない動物的嗜好か。

結婚は、恋愛とは違うわけではなく、かといって、現実そのものでもなく、条件に沿った妥協の産物でもなく、ただひたすらに二人で生き抜く決意表明に過ぎない。手をつないで同じ方向を進んでいくことが結婚というのなら、手をつないでいたいという気持ちが「好きや」という感情か。そんな気がしている。

ところで、30代でバツイチ同士の恋愛は猛烈だ。気が狂いそうに楽しい。酸いも甘いも知った。知りたくも無かった苦味も味わった。お金もそこそこ。飯食う場所もそこそこだ。仕事もしてるからメリハリもある。落ち着いてる。てらいがない。だから思ったことを思ったイメージで伝えれる。相手のキズの痛みが想像できる。これを脂が乗ったといわずして、何が乗ったというのか。しかし、現実も目の前にある。くっきりとそびえ立っている。むしろ、その前への一歩すら始まってもいない今。年齢のリスクもある。心の変化や揺れもある。理不尽もある。不景気だ。親も年老いた。この先にいかなる保証書も添付されていない。そうした四方山で世知辛き現実を覚悟することは大事だ。それ以上に、今この一瞬を積み重ねていくことこそ、生きる意味ではないだろうか。

彼女ができた。お見合いで知り合って一度はご縁がなかったと思ったが、彼女と切れなかった。切れない何かがずっとあった。その後にかかわるうちに、気づけば、考えが変わり、心も変わり、生活が変わった。彼女がごちそうなのか、野獣なのか、そんなことはどうでもいい。不幸を呼ぶのか、あげまんなのか、それもどうでもいい。長続きするか、あっさりと終わるのか、そんなことを考える暇もない。彼女がいない世界が想像できなくなっただけだ。

それでいいじゃないか。
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コメント
この記事へのコメント
大いに、良いじゃないか!!
2010/01/20(水) 08:46:17 | URL | 背番号1 #-[ 編集]
うん
そうか、良かった。まずは良しとしようではないか。
それぞれがそれぞれに動き出したわけだ。






また連絡するわ。いずれ、な。
2010/01/20(水) 16:09:41 | URL | 蜂 #yovgvjsU[ 編集]
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