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または私は如何にして心配するのを止めて人生を愛するようになったか
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Greeeeeeeeennて何
ボールを蹴りながら、吹奏楽部にいた。

田舎の中学校でよかった。新品のテナーサックスを吹かせてもらった。暇つぶしだった。実はよくわかっていなかった。それでもSONG FOR USAのソロパートは魅力的過ぎた。高校1年になった。小比類かおりでデビューした。渡辺美里のリボンを聴いた。大江千里、TM、綺羅星の如く現れたJポップビジネス最盛期の雄たち。共に成長した。CDから録音する。白のインデックスにゴシック体で作る。アホのよう嵩張るカセットラック。本はパチパチ、デッキはKENWOOD。バンドブームも直撃だ。J(S)Wやらユニコーンやら筋肉少女帯やらバクチクやら餃子大王やら、インディーズ時代の音源がどこに売っているのか、それが昼休みの話題だった。洋楽も知った。バナナラマとマドンナ程度だが。高校2年になった。クラッシュの「LONDON CALLING」が直撃。以後、ピストルズ、シャム69、ラモーンズ、極端なパンクにひた走る。デッドケネディーズなんて聴いてどうするんだ。そんな学生が20年後にパフュームで半泣きになる親父になるわけだから、時代はまわる。ようやくブルーハーツを認知。コブラや横道坊主も聴いて。まるで女気がない。ロンTと共に登校する青春は真っ盛り。

そして浪人。洋楽、幕開け。パンクの歴史を追うにつれ、どんどん60年代を遡る。行き着いた先はブリティッシュロック。そして、ビートルズ。ストーンズもブライアン・ジョーンズが死ぬ前までは好き。勉強は適当に、梅田のレンタルCDショップに毎日通い、古CD屋で掘り出しものを探す日々。60年代を完全に埋め潰す。それぐらいあの頃はいつも上を向こうと必死であった。現実が大学合格以外、何もなかったから。RC、ARBも自分の中で二大看板。高橋由美子の握手会にも参加。

大学こそ覚醒・拡大・確変の時代。ブリットポップ全盛。それにしても俺らの世代は本当に商業音楽の全盛期と繋がってる。愛読書はROCKKIN ON。ZEPも好き、オアシスもマービン・ゲイもウータンクランもドビュッシーも好き、オーティス・レディングもDJ シャドーも好き、アンダーワールドもプリンスもコーネリアスもルー・リードもジョン・コルトレーンも好きと、とにかく多岐にわたる。さらに所属していた演劇サークルで使っていた音源からもいろいろと勉強させてもらう。ドイツ系プログレ好きやら、ハードロック大好物やらの人間ともよく接したおかげで幅広く接触する。あと、女にふられた直後にキング・クリムゾンの「RED」を聴いて自殺衝動に駆られそうになり、初めて音の怖さに触れる。

そして、

嗚呼、流行の音楽に疎い。ひそかに土曜の深夜にはカウントダウンTVを観覧し、若人の最前線にガッシとしがみつきたい浅ましさを見せているんだけど、まあ、これはええね、と思える音楽とは殆ど出会わない。パフュームだけやね。Greeeeeenもeは4つらしいね。ほんで、ボーカル4人組で歯医者目指しててメディアには出なくてドラマの主題歌。経歴はどうでもいいや、音が軽い。いや、唐突に軽いというのも好きな人からすればむかつくんだろう。でも、俺の心を鷲摑むことはない。音楽に意味を持たせろとも思わない。音楽は音楽であって、耳から聴いて感じるものだ。ただ、音が軽過ぎると心に沈まない。沈まないと、乗れない。そんだけの話やね。まあ、本当においしい料理を食べたら、今までが何だったのか気づくようなもんで、問題は、料理の感じる舌は死ぬまで成長するけど、音楽を感じる耳は若くして終わることだろう。

だから、若人にいいたい。耳が死ぬ前に早く出会えよ。
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