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mi1011.netkissing gourami
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または私は如何にして心配するのを止めて人生を愛するようになったか
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kissing gourami
キッシング‐グーラミーという魚がいる。

全長約30センチ。東南アジアの淡水にすむ魚だ。この魚、2匹だと唇をつける動作をする。
これは愛情の表現ではない。相手に対する威嚇行動だ。

会話の場面。何かの話題を出す。それをそのまま「そうですね」と返したり、「何も知らない・分からない」で遮る。会話の様で会話に非ず。こんな返し、意図しているかは別として、結果的にキッシング・グーラミーそのもので、愛情とは程遠い。これで気分よくして自分の話ばかりする馬鹿はほっておいて、結局、会話ってなんやねんとか思う。造り手でありパスの出し手でもある人間は、また一からパスの出しどころを探し、パスの種類を選び、ここだというタイミングで相手に渡す。それだけして会話が続かない場合でも、二人の責任といえるのだろうか。

俺は分からない。

いい会話は、常に出したり入れたりだ。ひとつのテーマでもいい、あーでもないこーでもない、切り口をもとめて、対象をもとめて、あるいは衝突場所をもとめて、出したり入れたりする。そうあるべきなんじゃねーの。とか考えていても、「そんなの考えすぎだろ」とかいわれるわけだが、そんなこというやつは例外なく考えていない。まあ、馬鹿は馬鹿で結構なんだが、

そんな馬鹿と過ごす、価値のない時間。
俺の人生には必要ない。
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