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mi1011.netオレはリーノ・ガットゥーゾ、誰かの不調を待てない。
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または私は如何にして心配するのを止めて人生を愛するようになったか
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オレはリーノ・ガットゥーゾ、誰かの不調を待てない。
スポーツにインテリジェンスは必要だ。
技術も体力も必要だ。
但し、すべて情熱の次に必要だ。

ジェンナーロ・ガットゥーゾは、ボールが遠いところにある時も常に周囲に目を配り、ポジションを修正し、チームメイトに指示を出し、いつもせわしなく動き回っている。棒立ちどころか、歩いている姿を見ることもオンプレー中はほとんどない。味方が苦境に陥った時には必ず助太刀に走るし、危険を察知すれば、40m、50m離れていても全速力で駆けつけ、相手のチャンスを未然に摘み取る。

○フランスのような素晴らしいチームを破って優勝したことを誇りに思う。僕らは、チャンピオンにふさわしいチームだ。僕はチームメートにこう言ってきたんだ。“フランスは五ツ星ホテルだ。僕たちは一ツ星ホテルかもしれない。だけど、僕たちは海を持っている。自分たちだけの海を”とね。 (ドイツW杯決勝フランス戦後のコメント)

○本気で物事に取り組めば、ちゃんと結果に跳ね返ってくるってことだ。この仕事を長くやっていれば、身体のどこか痛いのは当たり前だしな。

○自分の足を見る度に何でこんなに技術がないんだと悔しくなるし、 一度たりとも自分の足技に満足したことがない。 カカのような天才肌の選手はスーパープレーを連発できるが、俺のような選手はカルチョに対する情熱だけが全てだ。

○俺が相手から10回ボールを奪うことは、1ゴール決めるのと同じか、それ以上の価値がある。ガットゥーゾにはガットゥーゾの仕事があるんだ。

○俺にはゴールの感動を与えることはできない。でも俺には俺にしか与えることができない感動がある。

○サッカーをやりたいという気持ちを俺に植え付けたのは、父親だった。親父はセリエDでプレーする選手でね。4歳の時、家族揃ってスタジアムに出掛けて、親父の勇姿を見たのをうっすらと覚えているよ。だから、80年代初めのサッカーの思い出と言えば、トレーニングから帰ってきた親父の鞄に顔を突っ込んで、その匂いを嗅いだことかな。親父の鞄は、泥まみれの靴下、汗を含んだユニフォーム、そしてサッカーボール特有の匂いが混じっていた。今でも思い出すだけで鼻がツンとくるよ。最初のサッカーの思い出と匂いは切っても切り離せないね。

○俺が惹かれたのは、ラグビーの精神なんだ。ラグビー選手たちは、試合が終われば握手をして、敵味方一緒になって飲みに行くんだ。俺もそうしたいって思った。試合中は闘志をむき出して戦うけど、試合が終われば、相手のプレーも、レフェリングも、すべて忘れるんだ。だから、俺をよく知る連中は、『ピッチを離れるとお前は別人だな』って言う。とにかくスコットランドでは本当に鳥肌が立つような経験をたくさんした。これはグラスゴーでサッカーをやったことのない人間にはきっと理解できない。

○俺にとって理想のサッカーは、雨の降る冬の夜、寒気の中でプレーすることだ。身体から立ち上がる湯気を見るのが好きなんだ。それでこそ、スコットランドのサッカー、スコットランドのラグビーってものだからね。

○自分の一番の武器は闘志だ。チームのためなら死ぬ気でプレーできる。ある日、カルロ・アンチェロッティ監督から『ガットゥーゾには裏切られることがない。とことん最後まで一緒にやりたくなる人間だ』と言われた。これは今までサッカー選手としてプレーしてきた中で最高の褒め言葉だ。俺にとって怖いものはひとつ。自分の燃える闘志がいつか消えてしまうこと。その時が、きっと引退する時なんだろう。

○初めてピルロを見たとき、驚いたと同時にオレはフットボールを辞めようと思ったよ。こんな天才がいるのかってね。でもピルロに無いものをオレは持っているはずだと言い聞かせて頑張ったんだ。俺にはアイツのような右足も頭脳もない。 だから俺は90分間走り続けファイトし続ける。そうしてアイツをサポートし、輝かせてやるんだ。俺は汚れ役が似合っているしな。きっと俺は個人タイトルを得ることはできないだろう。諦めたわけじゃないぜ。でもそんなものはいらないのさ。俺はこれからもチームの為に走り続ける。頑張っていれば、神様がゴールをプレゼントしてくれることだってあるんだぜ。本当にたまにだけどな。俺は思ってるんだ。ミランを支えているのはピルロでもシェフチェンコでもなく俺なんだってな。

○首脳陣が欲しかったのは、“潰し屋”だったって? それならそれで構わない。リーノ・ガットゥーゾは、生き抜くために“潰し屋”になったんだ。でも、自分のテクニックを磨くための練習を怠ったことはただの一度もない。99年に初めてミラネッロで練習した時のガットゥーゾに比べれば、今の俺は格段に強く、そして上手くなっているはずさ。それは、もちろん、自分を信じて努力し続けた俺自身の功績でもある。だけど、もし俺のことを信じ応援してくれる人がいなかったら、ここまで頑張ることはできなかっただろうな。

【2006年ドイツW杯でのエピソード】
・グループリーグの対チェコ戦でフィリッポ・インザーギがゴールした際、代表監督のマルチェロ・リッピのもとに駆け寄ってその襟首を掴んでノド輪を食らわす。優勝時には、髪の毛を掴んで頭を揺さぶった。「こんなに手荒い喜び方をするとはね」(リッピ)

・決勝トーナメント初戦のオーストラリア戦では勝利後、オーストラリア監督のフース・ヒディンクのもとに駆け寄ってこれ見よがしに両手を突き上げて小馬鹿にし、しっしと追い払われてもかまわず続けていた。これは、前回大会でヒディンクが監督を務めた韓国に苦汁をなめさせられたことが原因と推測される。

・優勝後のセレモニーでユニフォームの下を脱いで下半身パンツ一丁になってピッチの芝を食べだす。セレモニー後、興奮のあまりトイレに28回も行き、周囲を唖然とさせる。その後、主将のファビオ・カンナヴァーロに坊主頭にされる。

ジェンナーロ・ガットゥーゾ MF・ACミラン所属、イタリア代表
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