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mi1011.net2013年02月
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または私は如何にして心配するのを止めて人生を愛するようになったか
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黒×黒ハンバーグ(ロイヤルホスト)
黒毛和牛7.5:黒豚2.5の黄金比率。
鉄板の上で貫禄たっぷりな面構えだ。
いい顔してるぞ、このハンバーグ。
ソースは、デミグラスをベースにバターと生クリーム・醤油を
ブレンドしたブラウンバターソース。

小さく切ってみる。断面から、きめ細やかな肉の汗が流れる。
人はそれを肉汁と呼ぶ。俺もまた汗をかく。人は俺をデブと呼ぶ。
ソースにつける。うます。

申し分なき、ハンバーグ。
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ペヤング激辛やきそば
2012年に発売されたカップ焼きそばの中で最大級のインパクト、そいつをようやく経験することが出来た。
早速、その詳細を報告したい。

以前から激辛好きとしては気にはなってた。いかんせん店頭にない。なのに、『あれは凄いぞ』とか『辛くて食えない』とか耳に入ってくるから、どないなもんやと。どないなもんじゃと。どないなもんなんじゃいやと。悶々としてたんだな。それで、井之頭のコンビニで見つけたというか、やっと出会えたねというか。それで気持ち悪い辻ジンセイのようにお湯を入れて、待つ。3分。ようやく出来た。激辛といわれれば、ついつい家の黄金の一味とか、台湾の激辛ラー油を入れてしまうところだけど、そこは我慢。がっつりと一口目。うん、ん?どどどどどどどどどどどどどどどど、と辛味が口の奥に押し寄せてくる。これは辛い。ナイス辛さだ。ちょうど、辛いと思えるレベルだ。いや、じつに旨い。辛くて旨い。1分少々で食べきってしまった。もちろん、まだ辛い。ただ、いい辛味はチョコ1粒で中和される。(水ではダメ)。それ以上になると、辛過ぎて引っ張るというか。違和感のある辛さともいえる。それ未満なら、辛い部類に立候補するべきじゃない。これはまた、激辛ではない。大辛だ。ちなみに、激辛とは、食ったら体調に異常をきたすレベル。1時間ぐらい変な汗が出るというか、泣きながら食うしかないとか。『激』しい辛さなんだから。

話を戻そう。この大辛、商品開発担当の素晴らしい仕事よ。本当にど真ん中な辛さ。ちょうどいい。ちょうどいい。大事な事だから二回いうたった。ただ、あえて注文をつけるとすれば、かやくに天かすとか入れてほしかったな。そうすると、大辛に味わいが増えてくると思う。キャベツなんていらんやろ。

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ます田(吉祥寺)
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お店に入ったのは、昼前。
地元にしっかりと腰を下ろした、そんな雰囲気がお店に漂う。
四角い仁鶴がまあるく、って声が響いてる。奥の座敷に入る。
ところで、客が誰もいない。それでもなんら怯むことはない。
うな重の松を2つ注文する我々。松、@¥3800。いいんだ、値段は。
今日は最高の江戸前を体験しにきたんだから。
関西とは違って、江戸前のうなぎは、焼く前に蒸すらしい。
はたして、我々は違う世界をみるのか、否か。
さあ、楽しみだなー、うな重。とか待ってたら、暖簾が上がった。
中年男性おひとり様がカウンターに座ったぞ。「松、ひとつ」。やっぱり松だ。
そんなこんないうてたら、どんどんお客さんが増えてきた。
常連さんらしき人はどんどんカウンターにいくぞ。そのうちのひとりは、退院したばかりらしい。
それで退院したばかりなのに、家に帰る前にここに来たらしい。

突然、ぶわっと、お店の中に、タレが焼けた匂いが広がる。
ざわっと感覚が身震いしたぞ。いよいよ来るのか。
いよいよ来た、そのうな重。

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衝撃が走った。それこそ、東京で「旨い」とか「行列が並ぶような」お店はたくさんあると思うし、いろいろとごちそうになってきた。その中でも、食べて驚く経験は数えるほどしかない。本当にただ高いだけとか、名前だけとか、実際ほとんどがそんなものだ。いや、あえていおう。感動を覚えることなんて、たいしてなかった、今日までは。うなぎ、うなぎって、いうけど、そんなうなぎって旨いとは思ってこなかった、今日までは。ところがどうだ、これは。このうなぎは。なんだ、このやわらかさは。繊細さが上品さを生みだし、今まで経験したことのない食感に導いてくれる。映画でも音楽でもなんでもそう。本当の一流を知ると、今までがなんだったのかに気付く。本当の一流を知らないと、今が何なのかも分からない。このうなぎを食べて、俺はうなぎというものが本当に旨いもんなんだなと知った。値段は3800。安い部類じゃない。それでも、1年に1度うなぎを食べたいと思うことがあるのなら、迷わず、ここに来たい。いくら並んでも構わない。本物のうなぎに出会えるなら。随分書いたな。それでも、この感動をきちんと伝えられているかどうか、少々不安だ。

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お店を出る。そして出た後、妻とこのうなぎについて1時間ぐらい語り合う。
それぐらいの感動をありがとう。

ます田
TEL・予約 0422-42-7848
東京都武蔵野市吉祥寺南町2-25-10
イチゴの日
2月12日は、ばーちゃんの命日だ。
日頃は果物なんぞにさして興味も湧かないものの、
せめて、今日は、ばーちゃんが好きだったイチゴを
頬張りながら、彼女を偲ぶことにしよう。

過去のばーちゃんネタ
『また会おう』と、ばあちゃんが言った。(前編)
『また会おう』と、ばあちゃんが言った。(中編)
『また会おう』と、ばあちゃんが言った。(後編)

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王将(経堂)
お客さんと会ったはいいが、西浦和には何もなかった。

昼飯喰らうこともなく、そのまま経堂に移動。改札を出て、駅前交番のある南口を進む。学生がよく通る界隈なんだろうか、下北に雰囲気が似てる。そのまま左右を見渡してると、そこそこの飯屋が見えるものの、さて、またラーメン?いや、やっぱりあかんやろう、もう。いい加減にしないとな。でも、今更何するんかい。結局落ち着くところにいってしまうんか、それはダメな方向だよなと、延々緩い心境のまま、緩い坂道をくだる。すると、出てきたのは、つけ麺屋。の隣りの、王将の看板。ここでいいか。すっと稟議が下りた。

あれ、二人しか客がいない。まあ、いいや。ここから新たな展開だ。じゃあ、何しようかと。またラーメン?いや、やっぱりあかんやろう、もう。と、10分前の悩みをループしかけたとき、ふと思い出した。王将といえば、何かと。簡単そうに見えて、家ではなかなか作れない。食べる機会もない。それでいて、安くて、なにより旨いモノ。チャーハン?ちがう、天津飯だ。天津飯こそ、キングのファーストチョイス。あっつあつのあんかけ、とろとろのタマゴ、ホカホカご飯。中華三重奏。値段は¥462。OK、テンシンハンイーガー。

もう、来たんかい。というぐらい、待つこともなくやってきた、天津飯。まずは、付け合せのプースーを一口。!鶏ガラ!粉ベースじゃなくて、自分で家で出汁取った時と同じ。旨味が凝縮してるぞ。やや塩気が強いが、それでも、醤油をお湯で割っただけの、店側のある種の邪悪ささえ感じられる、くっそ不味い汁に比べれば、数段どころか、モノが違うレベル。レンゲでご飯を掬う前に、大将の腕を確信した。ここは旨いぞと。

あんかけはケチャップ?醤油?ベースと、塩ベースで選べる。もちろん、大阪人としては、塩ベースでしょう。あれ?大阪は関係ないんか。しかし、あのケチャップっぽいというか、変な感じのあんはどうも好きになれない。やっぱり、天津には塩でしょう。お風呂の温度をみるように、そのあんかけを静かにレンゲで掻き混ぜつつ、下からご飯を掬い上げる。もちろん、米の上にタマゴがどっさりとのるように。神輿に担がれた巫女さんよ。口に入れる。やっぱり旨い。四の五の言うこともなく、絶品じゃないか。このタマゴのふわっふわ感こそ、匠の技よ。どんどん、食が進む。そう、写真を撮ることを忘れてしまった。それぐらいの旨さ。絶妙やな、何もかもが。これで¥462。改めて、そのコストパフォーマンスの高さを見せつけてくれた、王将。

いやさ、経堂の王将。素晴らしい。
Facebookをやって分かった2つのこと
すっかり、Facebookが生活に染み込んでいる。友達申請を出して、承認をもらえる。単純に嬉しい。友達の数が増えていく。単純に嬉しい。。子供のように喜んでしまう。押し間違えて全然知らない人に申請を送ってしまったり、いろいろと試していくうちに、気づいてきた。よくよく考えれば、ついこないだまで、ソッポ向いてた訳じゃないが、これといって興味を示すこともなかった、このSocial Network。浅いかなと思ったら意外と深く。

そもそも、Facebookって、自分も含めて大きなお世話そのものだ。良くも悪くも。普通、今までだったら自分が作ったブログがあって、そこにわざわざ見に来てもらうというのが、個人発信のあるべき姿だと考えていた。この「わざわざ」時間を作って、見に来る行為が嬉しいもんなんだけど。このFacebookときたら、とりあえず、見たい・見たくない関係なく、友達申請すると、会社の義務化された出張報告のように、マイニュースがやってくる。たぶん、これも抑制させるオプションはあるんだろうけど、取説読まない自分としては、ただなされるがまま。まあ、自分も含めて、果たして、どうなんだろうかと思ったりしながらも、じゃあ、なんでもさらけ出したくない部分もあって、そうしたものこそ読んでほしい時もあったりする。だから、ブログはやっぱり続けるべきだろう。そして、Facebookは多くを語らず、スナップショットのように使えればいいかなと思う。

もうひとつの大きなこと。それは、友達リストの作成でのこと。最初は、会社の連中に友達申請をする。これは申請を出しても承認の確率は高い。ほぼ100%だ。何故なら、今と大いに関係しているからだ。今まさにある人間関係において、パワー的にも関係的にもあまり下手なことは出来ない。そういう心理が働いてるんだろう。次に懐かしさを求めるならば、小学校時代。記憶の中で遥か彼方といえる分類の中、たどたどしい記憶の中で思い出す人の顔と名前、そして何かしら。その「何かしら」を求めて、断片の情報から探し出す作業は、驚くほど楽しい。自分の場合、その人が今何をしているのかということは、そんなに興味がない。むしろ、探している中で、その人の友達の中に、なんか見たことがあるなあと思っていたら、あの人だった!という驚きがたまらない。記憶とは、忘却されるものではなく、どこかに保管されているものだと知らされる。自分の歴史とは概ね思い込みで成立している。そこに、たしかにあった別の何かを見つけた時、人は驚嘆するわけだ。そうだったそうだったと。つまり、人間は今この瞬間に生きているのではなく、自分が描くストーリーと文脈の上に存在している。「Facebook」とはよくいったもんだ。まあまあ、直接的ではないが、たしかにある、この記憶の再生作業がある限り、Facebookには十二分に価値があると断言したい。ちなみに、最も七転八倒していた時代で価値観ぐちゃぐちゃな学生の頃の、知り合いや友人がまるで俺を避けるように示し合わせたかのごとくFacebookをやっていないことは、あいかわらず、社交性を捨て過ぎだという点において、何も変わっていないのかもしれない。やってないだろうなという人間は、だいたいやってないから。

その一人がつい最近までの俺なんだが。
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