日本が第一回ワールドベイスボールクラシック(以下WBC)に優勝しました。見事な闘いぶりでしたね。
一方で俺は思うのです。
『へえ、イタリアでも野球するんやね。』by日本人
そう、サッカーが国技ともいえるイタリアも実は今大会に参加しています。『そもそも、野球場があるんかい』と思っていたら、国内にはプロリーグ(セリエA!)があり、欧州ではオランダと並び強豪国らしく、五輪では1992年のバルセロナ大会から全出場です。でも、知ってる選手ってマイク・ピアザぐらい。
ん?ちょっとこの感じは・・・・
『へえ、日本でもサッカーするんだね。』
『へえ、プロリーグがあるんだ。でも知ってる選手は中田ぐらい。』
イタリア人が普通にこんな会話しているのを、簡単に想像できませんか?さらには、この『へえ』が、そのスポーツにおいて、全く眼中に入れていない、あるいは、全く敵とみなしていない気がしませんか?
次に、独断と偏見で今回のWBC参加国をサッカーの列強で例えてみます。
・日本・・・→ドイツ (強豪・歴史・集団)
・ドミニカ・・・→フランス(強豪・育成)
・韓国・・・→カメルーン(新興勢力・海外人材流出)
・キューバ・・・→イタリア(強豪・常連)
・アメリカ・・・→ブラジル(優勝本命・歴史・個)
・メキシコ・・・→メキシコ(メヒコは何をやってもメヒコ?)
・イタリア以下・・・→日本(不明)
たかが野球、されど野球。
プロリーグの視聴率が落ちても、野球は世界で強い部類に入ります。今度は、野球(WBC)とサッカー(ワールドカップ)を比較してみます。前提として、競技人口や今回の参加国数で比較するのは意味がありません。野球の場合、仮にほんの少ししか野球をやっていない国をWBCに参加させても、上記実力リストが大幅に変わることは現時点ではないでしょう。重要なことは国の位置づけです。
本題。日本のサッカーはどうすれば日本の『野球』になれるのか。野球の『イタリア』的存在の日本サッカーが、どうすれば、野球の『日本』的存在になれるのか?つまり、野球にあってサッカーにないものは何か?
・歴史
これが全てかも。歴史は価値観を生み出し、文化になります。
・スタイル
今回の決勝、6-5に追い上げられた9回表の攻撃で、西岡選手がプッシュバントを決めました。厳しい局面(失敗すれば流れが確実に変わる)であのようなプレーが出来る、これは凄いことであり、あの発想こそが『歴史あるスタイル』といえないでしょうか。で、サッカーは?
・・・・今の時点では、『いつまでたってもシュートしない』です。
・うるさいOB
名選手や名門は両方共にある。でも、日曜の午前にTVで『渇!』と叫ぶような重鎮OBが、サッカーにはいません。両方共にいえますが、若い解説者は、現場復帰を考慮して現役選手に甘甘評価しかしません。ただ、現場復帰を考えておらずすでに名声を手に入れている重鎮は遠慮しません。遠慮しない苦言は最高に厳しい。つまり、一つのプレッシャーとなる。
・「江川的視点」
Jリーグの得点シーンをよく観て下さい。失点の60%はGKが原因であることを理解してもらえると思います。さらには、球際に甘く、外国人FWに簡単に抜かれるDFも忘れてはいけません。さて、果たして、このお粗末な実態をメディアは厳しく報じてるのでしょうか?いや、報じれるのでしょうか?野球の場合、エラーしたプレイヤーは一目瞭然であり、ピッチャーは防御率で評価されます。野球が集団スポーツでありながら、想像以上に個の評価が明白なスポーツといえるのではないでしょうか。さらには、昨今、局面でのピッチャーが投じた球種やプレーにまで遡る(ex.江川的視点)こともあります。一方、サッカーの場合、流動的でミスの発生源を追いかける必要があり、明確にミスが分からない。いや、どちらかというと、ミスの積み重ねからゴールを入れられる。そう考えると、サッカーの場合、お粗末でも、誰がどこで一番重要なミスをしたのかを厳密に報じるには、観る側に予備知識と経験と「観る眼」が必要になります。結局、これもまた歴史かもしれません。
・イチローのような存在
国内やメジャーリーグでの勲章。それだけのスーパーな存在が、本意ではないかもしれませんが、『日本のために戦う』姿を見せる。今回の場合、彼は試合中では想像以上の影響を及ぼしませんでしたが、それでもこのような存在がチームにいることは非常に大きいです。では、サッカーではどうか。中田しかいません。中田もイチローに近い姿勢で戦っています。ただ、中田は優秀だけど、その世界でスーパーな存在ではない。イタリアで得点王とバロンドールでもとって、ユベンドスでキャプテンマークをつけ、スクデットを2度は獲得する。そこで初めてチェコ代表のネドベドのような『スーパー』な存在になります。が、そうではない。だからなのか、中田の言動が局面で正しくても、他の代表選手が賛同していないように見えます(実際どうなのかは知りませんが)。
・「代表」の意識
サッカーの場合、代表チームの活動は年間を通じてありますが、
野球には期間限定という時間の制約、しかも今回初めてというプレミアが付いてます。期間限定によって熱をさらに帯びたのではと思います。また、サッカーの場合、メディアに大きな問題があるとも思います。馴れ合いの取材、連れのようなインタビュー。代表に入ったことによる緊張感や誇りを感じない言葉。敵国の固有名詞が全く出ない、「自分達のサッカーがしたい」だけの言葉。代表の誇りをあまり感じません。
さて、皆様はどう思いますか?
一方で俺は思うのです。
『へえ、イタリアでも野球するんやね。』by日本人
そう、サッカーが国技ともいえるイタリアも実は今大会に参加しています。『そもそも、野球場があるんかい』と思っていたら、国内にはプロリーグ(セリエA!)があり、欧州ではオランダと並び強豪国らしく、五輪では1992年のバルセロナ大会から全出場です。でも、知ってる選手ってマイク・ピアザぐらい。
ん?ちょっとこの感じは・・・・
『へえ、日本でもサッカーするんだね。』
『へえ、プロリーグがあるんだ。でも知ってる選手は中田ぐらい。』
イタリア人が普通にこんな会話しているのを、簡単に想像できませんか?さらには、この『へえ』が、そのスポーツにおいて、全く眼中に入れていない、あるいは、全く敵とみなしていない気がしませんか?
次に、独断と偏見で今回のWBC参加国をサッカーの列強で例えてみます。
・日本・・・→ドイツ (強豪・歴史・集団)
・ドミニカ・・・→フランス(強豪・育成)
・韓国・・・→カメルーン(新興勢力・海外人材流出)
・キューバ・・・→イタリア(強豪・常連)
・アメリカ・・・→ブラジル(優勝本命・歴史・個)
・メキシコ・・・→メキシコ(メヒコは何をやってもメヒコ?)
・イタリア以下・・・→日本(不明)
たかが野球、されど野球。
プロリーグの視聴率が落ちても、野球は世界で強い部類に入ります。今度は、野球(WBC)とサッカー(ワールドカップ)を比較してみます。前提として、競技人口や今回の参加国数で比較するのは意味がありません。野球の場合、仮にほんの少ししか野球をやっていない国をWBCに参加させても、上記実力リストが大幅に変わることは現時点ではないでしょう。重要なことは国の位置づけです。
本題。日本のサッカーはどうすれば日本の『野球』になれるのか。野球の『イタリア』的存在の日本サッカーが、どうすれば、野球の『日本』的存在になれるのか?つまり、野球にあってサッカーにないものは何か?
・歴史
これが全てかも。歴史は価値観を生み出し、文化になります。
・スタイル
今回の決勝、6-5に追い上げられた9回表の攻撃で、西岡選手がプッシュバントを決めました。厳しい局面(失敗すれば流れが確実に変わる)であのようなプレーが出来る、これは凄いことであり、あの発想こそが『歴史あるスタイル』といえないでしょうか。で、サッカーは?
・・・・今の時点では、『いつまでたってもシュートしない』です。
・うるさいOB
名選手や名門は両方共にある。でも、日曜の午前にTVで『渇!』と叫ぶような重鎮OBが、サッカーにはいません。両方共にいえますが、若い解説者は、現場復帰を考慮して現役選手に甘甘評価しかしません。ただ、現場復帰を考えておらずすでに名声を手に入れている重鎮は遠慮しません。遠慮しない苦言は最高に厳しい。つまり、一つのプレッシャーとなる。
・「江川的視点」
Jリーグの得点シーンをよく観て下さい。失点の60%はGKが原因であることを理解してもらえると思います。さらには、球際に甘く、外国人FWに簡単に抜かれるDFも忘れてはいけません。さて、果たして、このお粗末な実態をメディアは厳しく報じてるのでしょうか?いや、報じれるのでしょうか?野球の場合、エラーしたプレイヤーは一目瞭然であり、ピッチャーは防御率で評価されます。野球が集団スポーツでありながら、想像以上に個の評価が明白なスポーツといえるのではないでしょうか。さらには、昨今、局面でのピッチャーが投じた球種やプレーにまで遡る(ex.江川的視点)こともあります。一方、サッカーの場合、流動的でミスの発生源を追いかける必要があり、明確にミスが分からない。いや、どちらかというと、ミスの積み重ねからゴールを入れられる。そう考えると、サッカーの場合、お粗末でも、誰がどこで一番重要なミスをしたのかを厳密に報じるには、観る側に予備知識と経験と「観る眼」が必要になります。結局、これもまた歴史かもしれません。
・イチローのような存在
国内やメジャーリーグでの勲章。それだけのスーパーな存在が、本意ではないかもしれませんが、『日本のために戦う』姿を見せる。今回の場合、彼は試合中では想像以上の影響を及ぼしませんでしたが、それでもこのような存在がチームにいることは非常に大きいです。では、サッカーではどうか。中田しかいません。中田もイチローに近い姿勢で戦っています。ただ、中田は優秀だけど、その世界でスーパーな存在ではない。イタリアで得点王とバロンドールでもとって、ユベンドスでキャプテンマークをつけ、スクデットを2度は獲得する。そこで初めてチェコ代表のネドベドのような『スーパー』な存在になります。が、そうではない。だからなのか、中田の言動が局面で正しくても、他の代表選手が賛同していないように見えます(実際どうなのかは知りませんが)。
・「代表」の意識
サッカーの場合、代表チームの活動は年間を通じてありますが、
野球には期間限定という時間の制約、しかも今回初めてというプレミアが付いてます。期間限定によって熱をさらに帯びたのではと思います。また、サッカーの場合、メディアに大きな問題があるとも思います。馴れ合いの取材、連れのようなインタビュー。代表に入ったことによる緊張感や誇りを感じない言葉。敵国の固有名詞が全く出ない、「自分達のサッカーがしたい」だけの言葉。代表の誇りをあまり感じません。
さて、皆様はどう思いますか?
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