先日、友人の奥さんが亡くなったと聞きました。
闘病生活を送っていた訳ではなく、ある日ある時、階段から落ちて、打ち所が悪くてそのまま亡くなったらしいです。
その友人は、生前から、奥さんが自慢でした。唯一の自慢といっていいぐらい、自慢してました。その人が亡くなった、しかも突然です。友人の心境を考えると、あまりにも大きな穴が突如出現し、眼に見える現実を相当に歪めてしまっただろうと思います。
彼は会社を辞め、実家に帰っています。
元々その話の出元で上司だった方に、たまたま会社で会ったので、聞くと、事実だったこともわかりました。とりあえず、その友人の携帯電話にコールし、留守だったのでメッセージを入れておきました。すると、先程、メールが届きました。まだ、声を出したくないのかもしれません。
『MI元気かい? 実は昨年末に○×が他界し今は□□に移っています 急な事でしたが今は現実を確かに見ています だいぶ現実感を取り戻しました。力は足りないけど1歩1歩前に進んでいこうと思います 又一緒にボールを蹴れたらええな〜 △君や○君にもよろしく伝えてくださいね』
幸せなことに、俺のまわり、特に直接的に関わる人たちは、死んでいません。家族も仲良き友人も尊敬する方も。ゆえに、『死』という実感は、ほとんど沸いて来ないのが本音です。しかし、死は確実に横にいます。そもそも、その友人の奥さんのようなことを誰が予想できるでしょうか。いつ(それは何年後の何月何日なのか)・どこで・どんな形で死ぬのか。
死によって、残された人は、その人の想い出をなぞり、失った存在の大きさに涙する。しかし、それでも、人生は続けなければならない。Show must go on。
合掌。
そして、一日も早い友人の復活を祈って。
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