サッカー部の立ち上げをやってると、面白い。
いや、これは目指していた『面白さ』ではなく、『とほほ』な面白さ。『なんやねん』な面白さ。
早い話、俺は、立ち上げようとしている張本人だ。
責任者だ。
皆勤だ。
暖かい布団からウグウグうめきながら起き上がり、誰もいないとわかっているグランドに向かう。他のメンバーはどうだ。遅刻、当たり前。ぶっち、しょっちゅー。でだ。もうその他の面々は
気持ちいいぐらいに、羞恥心がない。やれ、こうしたほうがいいと無責任な提案の嵐。責任感なんてない。参加してやってる、そんなスタンスだ。個人の能力を努力で埋め込むことも特にしない。これは熱意だけの問題だろうか。サッカー部という組織に自分の力を試す、生かそうとする、サッカーから何かを学ぶ、そんなスタンスは皆無だ。要するに、口だけだ。目先のサッカーの楽しさだけだ。羊だ。めーめーうるさいだけだ。草だけ食ってれば満足なのだ。
思えば、こんなことはしょっちゅうだ。つまり、やってもいないのに文句や批判だけは一人前の人間があまりにも多い。多過ぎる。実際、今まで、俺はよく批判されてきた。駄目出ししてもらうほうが自分にとってはいいので、ガードを甘くしているためだ。正しい指摘を聞き入れる
ためにも。発言者の発言そのものに説得力がなくても。実際、説得力のない人間ほど、俺にからんでくるのも事実で、笑えるが。
まあ、それをいいことに、よく笑われてきた。批判されてきた。自分の手法や行動・発言に。そのたびに、ハラワタ煮えくり返り、ネガティブパワーが俺を突き動かす。そして自分が正しかったことを後に証明する。笑っていた人間はうつむくか、笑ったことすら忘れて賞賛している。かっこ悪いわな、しかし。屑だ。だから、100%の確信がない限り、俺は、人を笑わない。確信があれば、とことん批判する。
話がよじれた。
では、他のメンバーに期待できない中、どうすればいいのか。
強制力。それも1つの選択肢。とはいえ、中学高校の運動クラブではなく、な有志の集まりゆえ、その発動は難しい。結局、地道に普及を続けるしかない。あるいは、パートナーとなりうる
、がっちり握手できる、有能な人材の登場を待つしかない。かつて、大阪で同様に立ち上げた
時、神は贅沢なほどに俺に大切な仲間を与えてくれた。
神に祈ろう。ボールを蹴ろう。
| ホーム |

