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または私は如何にして心配するのを止めて人生を愛するようになったか
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ダークナイトライジング(米 2012)
この映画を楽しみにしている人、まだ観てない方に
申し上げておきたい。ネタバレ全開の文章をお送りする。
その点、ご了承を頂きたい。

アメフトスタジアムが崩れていくシーン、
無音の中で鉄橋が落ちていくシーン。
実にいいシーンが既に宣伝で使われてしまってるので、
驚かない、騒がない。他のシーンで特筆すべきシーンが
ないから、実に困ってしまう。

雑に扱われる中性子爆弾、わーわーでガチンコの殴り合いになる
傭兵と警察。問いかけてくるものもなく、ウェインの敗北と復活の
物語も薄い。極端な話、各シーンで粗が出る。
つまり、「ダークナイト」があれだけ「問いかける」映画だった一方、
続編のこれは、実に陳腐な仕上がりになってしまった。

そう考えて、この映画を終わらせることは簡単だ。
つまり、子供だましだと。
ただ、そんだけひどくても、ある一点において成功し、
それによってこの映画は自分の中で丸く収まっている。

それは、バットマンの登場のシーンだ。
正確にいえば、敗北から復活したそれではない。
8年のブランクから再登場したばかりのシーン。
観客からみれば、最初の登場のシーン。
まあ、あのゾクゾクとドギマギ感のために、
観たのかもしれない。カタルシス。
それだけでいいんじゃないだろうか。
あとは適当に。という映画。

The Dar Knight Rises
製作 クリストファー・ノーラン
脚本 クリストファー・ノーラン、ジョナサン・ノーラン
原作 ボブ・ケイン
撮影 ウオリ―・フィスター
美術 ネイサン・クローリー
音楽 ハンス・ジマー
出演 クリスチャン・ベール、ゲイリー・オールドマン、トム・ハーディ、アン・ハサウェイ他
粗筋 非業の死をとげたハービー検事が制定した法律により、ゴッサム・シティは平穏を取り戻し、8年が過ぎた。その間、検事殺害の疑いをかけられたバットマン=ブルース・ウェインは屋敷にこもり姿を現すことはなかった。そんなウェインの邸宅から、妖艶な女泥棒キャットウーマンが「あるもの」を盗みだした。
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山野井泰史の『垂直の記憶』を読んで
『九月二十四日、六七00メートルのオーバーハングした岩の基部に設置したテントの中で、僕は完全に怯えていた。小さな一人用のテントは、上部からのチリ雪崩で三割がた埋められている。分厚い下着にフリース、さらに高所用のダウンスーツを着込んでいるのに、体は冷え切り、ガタガタと震えていた。どうあがいても頂上に行くことはできない。難しすぎる。体調も今までのヒマラヤ・クライミングと違って良い状態とは言えず、脈拍は高いし、常に寒さを感じる。これから僕を待っているのは一000メートル以上の青光りした氷壁にオーバーハングした五00メートルの弱点の少ない岩壁。それも酸素が薄くなると七000メートルの高度から現れるのだ。悲しみがこみあげる。ため息ともとれる冷たい呼吸。思わず涙が出そうになる。空には青白い月が冷たく光り、温もりをまったく感じさせてくれない。手にするすべてが冷たく、小さな雪崩の音しか聞こえない世界。すべてが絶望的だ。それでも多くの人に無様な敗退を見られたくないと、どこかで思っていた』
P.154より抜粋

彼のことを天才だとは思わなかった。天才とは人の種類のことを言うだろう。山野井は違う。絶対に違う。人であって、もはや人を超えた存在。超人という古臭い言葉でも表現しきれない。俺の目の前にある壁。よく見れば、それは山の斜面。垂直に切り立った、銀とねずみ色、大理石がまじったような色。段々と縦の縞がその硬度を謳っているかのように。静かに見上げていく。はるか上の方の先で誰かが座って嬉しそうに手を振っている。俺は手を振りかえすことも愛想笑いもできない。あまりにも、その彼は遠く、その壁は凍り付いている。にもかかわらず、俺は上の文章が好きだ。きっと、そんな彼の怯えを知りたかったのだろう。そんな彼ですら。という意味で。

『午前一時、標高六一00メートル付近を登高中のことだ。上部で「ドーン」とセラックの崩壊らしき音。闇の中から音が急に強さを増してきた。逃げるのは不可能と感じた僕は、妙子に「構えろ!構えるんだ!」。それだけを叫び、自分もアイスパイルを雪面に叩き込む。その一、ニ秒後、すさまじい力をもった雪と氷塊が体に当たった瞬間、僕は飛んだ。グチャグチャに揉まれながら巨大なセラックを二度飛び越え、空中も飛んだが衝撃はなく、ただ右足首が捻れるのを感じた。上下左右もわからず、まるで激流に飲み込まれたようで、雪崩の力に抵抗することはまったく不可能だった。目に見えているものといえば、黒と白のモノトーンの映像のみ。自然の脅威にさらされていたが、なぜか冷静に、雪崩で死んでいく自分がわかった。妙子は僕を止められないだろう。下にあるクレバス帯に二人とも叩き込まれるだろう、と。一瞬、何もかもが停止したとき、すでに僕は死んでいると思った。体が止まったと気がついたときは、コンクリートのような雪と氷が全身を覆い、腕、足、頭、いずれも動かすことの出来ない闇だった。生き埋めになった自分の体がどのような姿勢でどのくらい雪面の下にあるのか。一メートル下か、それとも二メートル下か、今の自分に何ができるかー。どんなに体に力を入れても動かなかった。顔の前にあるわずかに動く中指で、口の前にエアポケットを作るが、喉の奥に氷が詰まっていて、すでに呼吸困難に陥っていた。「一分・・・・、二分・・・・」
P.167より抜粋

彼の文章は難しくない。その口調は静かだ。だから、彼がこの文章を書く瞬間にあたって思い描いているものと、読み手がその文章を読んで思い描く風景は一致していると錯覚してしまう。やがて、進むうちに本能が気づく。彼がみて感じているそれは、凡人の想像の枠を遥か彼方に超えたそれだと。本を読んで愕然とさせられることは、そうはない。そう、人は生き方によって、ここまでたどりついてしまう。本当に好きなものを見つけた人間。俺は、ただただ、ひれ伏すしかない。

「かりに僕が山で、どんな悲惨な死に方をしても、決して悲しんでほしくないし、また非難してもらいたくもない。登山家は、山で死んではいけないような風潮があるが、山で死んでもよい人間もいる。そのうちの一人が、多分、僕だと思う。これは僕に許された最高の贅沢かもしれない」
P.179より抜粋

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秋、空の上での映画祭り
往復の機内で5本観た。
軽い飢餓状態だったのかもしれない。

①デンジャラス・ラン
原題はSAFE HOUSE(隠れ家)。なのに、デンジャラス・ランて。デンジャラスにランつけたら、客増えるだろうって、もうそんな単細胞な観客しか来ないかって、そうかもしれないな。うん。でも、デンジャラスにランってみんな、そんなタイトルじゃないのか。とにかく、内容はデンジャラス・ランかもしれないが、俺は原題を支持する。内容はというと、デンジャラスな「ミッドナイトラン」という感じ。やっぱり、デンジャラス・ランかよ。まあ、そういう感じで邦題つけられたんだろうな。つまり、俺程度の戯言ですわ。そうそう、内容の話。デンゼル・ワシントン、いいなあ。髭剃る前・剃った後のキャラの微妙な使い分け。心移りというべきか。相棒は冒頓で普通やねんけど。それで、誰が黒幕かって、おそらく映画観てる人は開始早々で分かると思うんで、映画の筋は凡庸。また観たいかというと、特に。ただ、どこで「TAKE TIME TAKE TIME」というんだろうと思ってた。

教訓:果報は寝て待て

②プロメテウス
リドリー・スコットが死ぬ前にやり残していたことをやったという感じの映画。たぶん、こいつだけが気持ちよかったんじゃないだろうか。それぐらい、面白くなかった。というのも、映画が「エイリアン」そのもの。あと、「遊星からの物体X」のフレーバーが、といえば、大抵予想がつく。なんとも、かんとも。デカい宇宙人の暴れっぷりは楽しかった。なんか知らんけど追っかけてきて、エイリアンもどきと乱闘して、飲み込まれてエイリアン誕生って。小学生並のシークエンスやぞ!!

教訓:さわらぬ神にたたりなし

③MIBⅢ
ご存知、宇宙もんのコメディ。さすがに続編の続編に来たら、話の前提が分かっている上で観るから、やる側も見る側も楽だ。ただ、楽なままだと誰も楽しめない。だから、キーワードをちりばめて、ストーリーを変な風・変な風に持っていく。まあ、敵役もまあまあなので、どのようなオチが待ってるんかなあと思ってるうちに、ケネディ宇宙船に行くくだりに入り(一旦ここで寝る)、また起きて、見直してると、はいはいそれまでーよーと思いきや、思わぬところで大ドン返し。なるほど、そういうことですねということだ。後味も良い。
ポテチ食いもって、家で観るには最適。

教訓:立つ鳥、後を濁さず。

④クレーマークレーマー
名作というやつは、なんで名作といわれるのか。何度も見れるからだ。何度も発見があり、感動がある。台詞の間の感情であるとか、そもそもの話の展開であるとか、細かい部分以上にそうしたニュアンスの部分。表現として、なぜにそこまで味が沁み渡るんだろうね。不思議なものだ。ビリーのかわいさといったら!なんだ。あと、ダスティ・ホフマンのかっこよさと哀愁といったら!最後の最後のメリル・ストリープの顔。いや、ほんと、味があるわ。ビリーを奪われたくない一心で、ゴリゴリゴリゴリで復職。ところが、裁判で一転、メリル・ストリープがぼこぼこに責められているのを聴いて、すっかり柔和されているダスティ。男は優しいなあ。ほんと。結局、この映画はグッド・エンディングだったのか、バッドなのか、それが分からないまま、終わってる。まあ、たぶんよく終わってるんだろうけど、夫婦間の絆の部分は語られてない。だから、私見ながら、結局、また別れてしまうんじゃないだろうかという気がしてならない。

教訓:男は優しい。その甘さが常に命とり。

⑤ものすごくうるさくて、ありえないほど近い
この映画をみて感動された方に対しては大変申し訳ないが、俺は全く何も感じなかった。たぶん、字幕じゃなくて日本語吹き替えだったからということにしておきたい。いや、そうじゃない。たぶん、主人公のガキに共感できなかったからだろう。それぐらい、なんにもおもわなんだ。じじいは良かっただけに残念

教訓:感動しろといわれても感動できるものではない。
阪急電車 片道15分の奇跡 (2011/日)
土曜の午後、雨。家で妻と映画を観る。録画してくれていた「阪急電車」だ。この映画をみて、思ったのは3つ。

最初はノスタルジー。阪急今津線が映画の舞台になった。それだけでも観ないといかんと思わせる。きっと、いい映画なんだろうなと思ってしまう。ノスタルジーとは、なんと強い力なんだろうか。学生時代はアホのように過ぎて行った。その痕跡は、どこでというか、誰とというか、ということじゃなくて、ただそこの場所にある音や空気にある。風景は震災で一度壊れてしまった。としても、何かしら、感じさせるには十分なんだ。そう、映画を観るというよりも、思い出はいつもぽろぽろだ。関西学院大学の正門、校内の道。

次に女。肝心のストーリーを話そう。宮本信子が実質的主人公で、彼女の善意がいろいろな人間に波及していく。いや、むしろ、彼女しか持ち合わせていない、彼女の「女」としての性が、同じ性をもつ女性に共鳴していく様といったほうがいいかもしれない。善意のようで善意でもなくて、美学。論理的なようで直観的。昔の旦那そっくりの男と接触して、ころりと方針転換する、犬を飼うくだりは、象徴的だと思う。ちびっこの芦田まなちゃんに容赦なしに説教してるあたりも、好感が持てる。その意味において、やはりできる女は恐ろしや。一方で、劇中に何度も出てくる、そして実際にも目撃してきたオバハングループの喧騒。できない女も恐ろしや。

最後は、田舎もん魂。電車内の広告にあった「妙見山ハイキング」をみて、「みょうけんさんって、あるで!みょうけんさん!!」と騒いでる時点で、もう、どうかと。

日常の小さな変化の中で、どう生きてきたか、どう生きるのか。
誰もがもっている小さな覚悟と決意を優しく見守り、さりげなく諭す。
期待値が低かった分、いい映画だった。

製作 福井澄郎 他
監督 三宅喜重
脚本 岡田惠和
原作 有川浩
撮影 池田英孝
美術 松本知恵
音楽 吉俣良
衣装 会田晶子
出演 中谷美紀 宮本信子 他
粗筋 後輩に婚約者を奪われたOLの翔子(中谷美紀)は、当てつけのために彼らの結婚式に純白のドレスで出席し会場を追われるように、そのままの姿で電車に乗り込んだ。

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ラブ・アゲイン(2011年 米)
どうせラブコメなんだろ。

どうってことはない消費系だろうな、と決め込んで、欧州出張の飛行機の中で観始めたのが大間違い。観終わってからだいぶ経つんだけど、そのセリフが、そのシーンが、結構頭と心に残ってる。くだらなくて笑えるけど、その笑いは下品ではなく、ツボを突くようなそれ。なにより脚本がよくできてる。飽きない。分かっていても飽きない。間も絶妙だ。お約束の最後はお約束のシッチャカメッチャカになってしまう。それで、最後の最後はきっちりしめる。それがまた、嫌味じゃないし、無理がない。あえていおう。この映画にあるセリフはひとつひとつが軽く笑えるけど、それでいて、重くて笑えない。残念ながら、笑えないのよ。最初、ロビーの求愛する姿を大方の大人は冷ややかに、それでいて暖かい目線でみていたことだろう。ところがどうだ、ストーリーが進むにつれ、思い出す。この姿はかつての自分たちじゃないのかと。愛がどうだのこうだのとまではいかない。ただ、人と人の出会いとはなんだろうか。そこから発生する磁力ってなんなんだと。それはいつか拡散して消えてなくなってしまうものなのだろうか。それとも。結婚したことがある人、結婚している人、そしてこれから結婚しようと思ってる人。一度観てみたらいいと思う。アホやなと笑いながらも、最後にグッとくる。そんな映画。つまり、とてもいい映画だ。ついでに、マリア・トメイには惚れた。エロくて。

ラブ・アゲイン(原題:Crazy,Stupid,Love)
2011年、アメリカ
監督:グレン・フィカーラ、ジョン・レクア
脚本:ダン・フォーゲルマン
撮影監督:アンドリュー・ダン
編集:リー・ヘキソール
美術:ウィリアム・アーノルド
衣装デザイン:デイナ・ピンク
音楽:クリストフ・ベック、ニック・ウラタ
出演:スティーヴ・カレル、ライアン・ゴスリング、ジュリアン・ムーア、エマ・ストーン、ジョン・キャロル・リンチ、マリサ・トメイ
粗筋:真面目なサラリーマンのキャルは、或る日突然、愛妻のエミリーから離婚したいと打ち明けられる。

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